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大腿骨頚部骨折

疾患別の説明

大腿骨頚部骨折の痛み(歩く・立つ・座る・動く)

【疾患】

大腿骨の頚部骨折は骨粗鬆症を伴う高齢者に多い骨折です。頚部骨折部位により内側骨折・外側骨折に分けられます。大腿骨の頚部は、臀部側面で触れることのできる骨(大転子)と骨盤と関節を作る大腿骨頭の間の部分です。この頚部はもともと栄養血管も少なく年齢と共に弱くなりやすい部位でもあります。

転倒による発症が多いです。骨折により股関節を中心に痛みが出現し動作困難をきたします。骨折の程度や部位により手術の方法が決まり、手術の方法や身体的状態で差はありますが1〜3ヶ月以内での自宅退院を目標とします。

【経過と評価】

高齢者に多い骨折で、回復期リハビリテーション病棟で対応することの多い疾患です。骨折により骨癒合までは長期臥床期間がありますので、高齢者の場合は認知症の進行などに注意する必要があります。

基本的には予後は良好なのですが、一部の方で股関節の手術は成功しても股関節に炎症が続き、痛みが激しく歩行が不可能になることもあります。

リハビリでは股関節を動かす関節可動域訓練→立ち上がり訓練→平行棒内歩行訓練→一本杖歩行訓練と改善に合わせてリハビリの訓練が行われていきます。

関節を動かし始めの時期・歩行訓練の開始時期・一本杖での屋外歩行導入時期などが特に痛みを感じやすいようですね。臥床期間による筋スパズムの亢進は筋硬化を招いていますし、廃用性筋萎縮による筋力・持久力低下も起きています。訓練のステップアップに合わせて、これらの要因により痛みが出やすい時期は、理学療法士による患部状態や動作評価により、適切な運動量への変更や適した運動方法への改善など、その状況に合った調整を行ってもらいましょう。

ある程度の歩行が可能になると自宅退院になりますが、退院した時点では筋力・持久力は不足しています。退院後も股関節周囲筋の柔軟性の改善と筋力・持久力の増強を目的とした運動は続けるべきでしょう。

 

【症例Aさん】 女性 70歳代 

Gardenの分類ではType2にあたる骨折です。簡単に言うと大腿骨頚部が完全に骨折しているが折れた後に捻れたりはしていないという状態です。

骨折部は手術でスクリューとスライディングプレートで固定しています。受傷から手術、その後のベッドでの理学療法となりますが、ベッドでの安静期間には患者様にはほぼ同じプログラム内容で行われます。足首を動かす運動や膝の皿を固定して力を入れる訓練など、頚部骨折をした人であれば皆さん経験される基本的な理学療法です。器械で足を曲げ伸ばしするCPMという器械を使用された人も多いでしょう。

初期の基本的な理学療法を記載しても長くなるので、ここでは理学療法室での立ち上がり訓練開始時期の注意点に注目します。

この日は初めてリハビリ室で理学療法を行います。Aさんにとって初めてのリハビリ室です。いつもの病室と違い新しい環境であり楽しみにしていた反面、今後辛いリハビリが待っているのではないかと不安も一杯のような表情をされています。

ベッドサイドでのリハビリを通して今後の予測やリハビリ室での理学療法内容などは事前に説明は何度か行っていましたが、やはり緊張されているようでした。私も免許書の住所を書き換えに警察へいった時も何やら緊張したものですがそれと同じなのでしょう。Aさんは今まで説明を聞いて頭では理解しているのですが、何やら恐怖・不安・緊張が漠然と存在しているのです。

リハビリ室のプラットホーム(車椅子から移れる高さの治療ベッド)に移動します。仰向けになり股関節周囲の筋弛緩を図りながら、本日の調子を聞いたりTVの話しをしたりとなるべく緊張を和らげることに努力しました。

大腿骨頚部骨折の患者さんでは手術後に股関節の軽い痛みを訴え続けている人は意外と多いようです。「夜になると痛みます」「股関節の辺りが時々ピリッとする痛みがあります」「なんとなく股関節の辺りが痛み眠れません」などなど・・・

手術後は股関節を軽く曲げてソフトブラウン架台上に軽度外転位・回旋中間位に保つのがお決まり事なのです。骨折後すぐにお見舞いに行かれた事のある方は見たことあると思います。患者さんは足を台の上に乗せていたと思いますあれです。

骨折部の固定と手術では筋肉を切っていますので、切った部分は縫合していますが抜糸までは非常に弱い状態なのです。このため自由に足を動かすと股関節が抜けたり、固定が歪んだりするので、台の上で足を固定しておく必要があるのですね。

このソフトブラウン架台上に足を乗せていると股関節は曲げた(屈曲)状態で維持されています。太ももの前面にある筋肉で大腿直筋や縫工筋がありますが、これらの筋肉が台の上に足を置いていることで、常に短い位置で保持されており筋肉が短縮し筋硬化を起こしてくるため上記のような痛みを出すようです。

股関節前面にあるこれらの筋を中心に、切開部の抜糸後はまず弛緩させていくことが重要です。関節可動域が拡大してきても、触察(手で触り確かめること)により感じる筋硬化は改善されません。股関節前面の筋硬化が安定的に軽減されないと、患者さんが感じている股関節周囲の漠然と広い範囲で感じている痛み(安静時痛)は軽減されないことが多いようです。

また、ベッドに寝ている時に何かを取ろうとして体を動かした時などに「ピリッ」とするような痛みを感じている人が多く、これは股関節前面の筋が短縮しているため体を捻ることで股関節の筋肉が引き伸ばされていることによる伸張痛の場合が多いようです。

痛みの訴えに関しては細かく痛みの部位・質・どのような時に感じるかなど様々な情報を得て、患者さんがイメージしやすいように説明する工夫が重要です。

リハビリ室での理学療法が開始されるまでは、この理解を高めて患者さんが無用な恐怖・不安を軽減させることが一番重要なリハビリとも言えますね。

初日のリハではプラットホームで股関節周囲の柔軟性を調整し、すぐに平行棒へ向かいます。

 

岸川 

「Aさんいよいよ立つ時が来ましたね?立てそう?」

Aさん

「車椅子からベッドに移ったりはしているので大した事なさそうですが、やっぱりいざ立つ練習となると緊張しますね。立てるでしょうか?なんか怖い気がしますね」

岸川

「両手でしっかり棒を掴んで立ち上がってください。私が横にいるので転ぶことは100%ありません」

Aさん

「立てました!」
両手で平行棒を過剰に力を入れて立っている状態です。視線は常に足の方にあり体は前かがみでお尻が引けている状態です。

岸川 

「ハハハハハ・・・腰引けていますよ?胸張って背筋を伸ばして!」

Aさん:

「先生笑っている場合じゃないですよ、もうこっちは必死なんですから、先生真直ぐなりました?立つのは力がいりますね」

岸川 

「OK、座りましょう」

Aさん

「けっこう緊張して怖かった〜。ふらふらしそうな感じがしました。立つのは力がいるものですね?力が弱ったのかな?」

岸川

「そうではないですよ。走るためや長い距離を歩くための力は弱くなっているでしょうが、立ったり病院内を歩いたりする程度の筋力は今のAさんには十分あります。Aさんが緊張して力を入れすぎている状態だからすぐに疲れてくるのですよ。私でもそんなに力を入れて片足で立ったらすぐに疲れます。」

Aさん

「緊張してしまうので、つい力が入るのですよね。少しずつ力を抜かないと」

岸川 

「次に立つ場合、その次・その次と立つたびに力を抜く練習をしましょう。Aさんが筋トレをして足の筋力がつくから歩けるようになるわけでもありません。Aさん自身が不安や恐怖が軽減して緊張しないでいろんな動きを楽に行えるようになることが重要です。日常生活で行ういろんな動作に自分が意識していなくとも自信がないといけないのです。そのためにいろんな事を繰り返して行っていくことが重要でしょうね」

Aさん

「繰り返し経験するから自然に緊張せずに行えるようになりますね。なんでも経験ということでしょうね。車椅子には平気で移ってたけど平行棒で立つのは緊張しますね。同じように立つ動作ですけど感じ方は違うものですね。」

 

Aさんには平行棒内での立位保持訓練(片足)を繰り返しました。最初は平行棒を握り 締めている状態から、握り締めないで手のひらだけで平行棒を掴む状態へ変更し、指で軽 く支えるのみに段階的に難しくしていきます。骨折部の下肢への荷重が許可される前に立 位姿勢の過緊張を軽減させる努力が重要です。これと平行して荷重を掛けませんが、骨折 部の足底を床に触れる練習も繰り返します。足を地面に着くことの恐怖を軽減させていき ます。頭でこの動作は危険じゃないと分かっていることが大切ではなく、動作に恐怖・不安が表れないで自然と楽に行えることが重要なのです。

理学療法に求められるものは、患者さんがいろんな運動・体操・歩行訓練などを通して、動作時に患者の意識が痛みや骨折部位から自然と離れていくことにあります。補助輪 なしで自転車に乗る練習をした時の事を思い出すと、やはり最初は介助されて乗りますが、 少しずつ介助を減らして自分で乗れるようになったと思います。その時に「力を抜いて前を見てペダルを踏んで」などとアドバイスされますが、やはり頭でこのように体を動かそうと考えて練習している間は上手く乗れません。頭で動作を意識しないようになった時に上手く乗れていますし自然と不安・恐怖も無くなっています。」

歩行訓練の初期も同じで、左右の足の太さも差が見られるため、つい筋力・持久力や関節可動域制限などに目を奪われてしまいますが、問題部位に理学療法士が意識を向けすぎていると患者さんの意識はさらに問題部位から意識を離せないようになってしまいます。 筋力・持久力の改善や関節可動域制限が改善されて歩行が出来るようになって外来リハに移行した段階でも、理学療法士が見逃して早期より患者の意識の向いている方向を修正できないと、患者は完治した状態でも「骨折した足から先に階段を降りられません」「骨折側の足で踏ん張ると怖いです」というような精神的抑制が動作に掛かったままとなっていま す。  

理学療法士には口頭での指示も必要ですが、自然と動作を行えるようになっていくための様々な訓練のアイデアが求められているのですね。意識を離すというのは本当に難しいことであり理学療法士の力の差が出る領域でもあるようです。  

Aさんには段階的に難易度を上げていき、その動作に十分慣れて恐怖・不安が軽減すると次の段階へ難易度を上げながら運動を継続していきました。よくメールでも「どのような運動をしたらいいですか?」と問合せがありますが、簡単な答えとしては「運動により鍛えることが大切ではなく、動くことが大切であり自然と動作が行えることが重要」という認識に患者さん自身も思考の変換をお願いしています。  

ぜひ、頚部骨折の患者様も退院後は痛みが無くなっていても、自主的に散歩などを通して動くことを積み重ねていただきたいと思います。まずは動くことが維持出来ている大前提の下に初めて鍛えるための運動が導入できるのですから。コツコツと努力ですね。  

Aさんは順調に発症から約3ヵ月で外来リハビリも終了となりました。歩行時の痛みも無く今も元気に歩き回られているようです。

 

【慢性痛対策】

頚部骨折では骨折状態が激しかったり、手術後に何らかの原因で慢性炎症が続くという要因がない場合は、退院の時期には痛みはかなり改善されると思います。

自宅退院の時期以降に痛みが残る場合は股関節周囲筋や靭帯などの閾値低下、股関節周囲筋の柔軟性の問題、筋力・持久力の問題などが影響してくると考えられます。退院時の身体状況は自宅生活レベルまでの最低限のリハビリが終了した状態と考えるべきでしょう。

退院から約半年は自宅で運動量を徐々に増加していき、股関節周囲筋と全身(入院による廃用性の筋力低下がある)の筋力増強をすすめていただきたいです。

股関節に痛みが残っている人は、股関節周囲筋の筋硬化が残っている可能性が高いため、これらの筋を弛緩させていくことで(個人差あり)痛み軽減が図れる可能性があります。


痛み緩和教室
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