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痛み学

講義3

痛み学・講義3

今回の痛み学3では痛み学1・2を基にして、慢性痛の基礎的内容について全体像を捉える内容で記述しています。痛みの生理学的な部分などは今後の痛み学で図を使用しさらに細かく記述していく予定ですが、より難しい専門的な単語や表現が必要になります。このため、痛み学をより理解するためには他の専門知識も必要になります。解剖学・運動学など新しいコーナーも追加して行き、より理解しやすい内容になるよう構成したいと考えています。

また、痛み学3は理学療法士の学生さんや新人さんを対象に、一般の方と理学療法士さんの中間ほどの難易度で記述しています。このため、私個人が理学療法士に対して求めるものや慢性痛への対策として基本的な考えなども記載していますので、一般の方にはイメージが困難な部分も多々あることをご理解ください。

 ぜひ、皆さん頑張ってゆっくり読み進めてください\^∀^/

はじめに   痛みとは何か
痛みの基礎生理学   急性痛と慢性痛
痛みの評価   痛みにおける心理学的側面
慢性痛と医療者側への不満   慢性痛で見られる行動
認知行動療法導入への流れ   慢性疼痛管理プログラムの構造
痛みに対する一般的理学療法アプローチ   臨床に求められる慢性痛への理学療法

はじめに

臨床での理学療法では「痛み(疼痛:とうつう)」を訴える患者を診ることが多い。疼痛患者の理学療法アプローチには「運動・教育・環境」が重要であると考える。

アメリカ合衆国のJCAHO(Joint Commission on Accreditation of Healthcare Organization)は、従来のVital Sing(心拍・呼吸・体温・血圧)に「痛み」を加えて“5th Vital Sing ”とした。アメリカ合衆国では慢性痛が社会問題にまで発展しており、2003年のアメリカ合衆国の「痛み」による労働生産力の損失の推計額は年間800億ドル(約9兆円)とされている。

理学療法の対象疾患は、脳血管疾患や骨折患者等の身体に何らかの機能障害を及ぼした患者が大多数を占める。これらの患者は機能障害に伴い「痛み」を生じることがある。疼痛は、発生機序により急性痛と慢性痛に分けられる。慢性痛には単なる機能異常だけでなく、その他のさまざまな要素が関係していることが明らかになってきている。慢性的に痛みを訴える患者はその一人一人が多面的な症状を呈するのである。このような慢性痛患者には、個々の患者の痛みの発生や状態を考える医師、看護師、臨床心理士、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカーなどでのチームアプローチが必要不可欠である。その中で、理学療法士として患者に何ができるかと思案した時、「痛みの軽減」という言葉にたどり着く。あたり前の事だが理学療法士は手術をしたり、薬剤を処方したりすることはできず、生理学的な根本的治療は行うことができない。しかしながら、個別的な治療時間が認められており、患者に文字通りの「手当て」ができ蜜に接する時間もある。このような1対1の状態で理学療法士としてできることは何か、最善の方法はないのか、患者への痛み軽減効果の向上をどうしたら図れるかについて常に考えながら理学療法を実施している。 

痛みは、日常生活活動(ADL)のみでなく生活の質(QOL)にも大きく関係している。リハビリテーションとして理学療法士は全人間的復権を目指し、QOL向上に努めていくものである。

これらの事項を考慮した結果、慢性痛患者に対する理学療法として、「運動・教育・環境」が重要であると考えられる。

本論では、「痛み」についての性質や特徴について、また慢性痛患者の特徴について述べていく。そして、これらの特徴をふまえた上での臨床的経験に基づく「慢性痛患者に対する理学療法アプローチ」について考えたい。

痛みとは何か

国際疼痛学会(International Association for the Study of Pain;IASP)による痛みの定義は「組織の実質的あるいは潜在的な傷害に結びつくか、このような傷害を表す言葉を使って述べられる不快な感覚、情動体験」とされている(Merskey and Bogduk,1994)。痛みを分類すると侵害受容性疼痛・神経因性疼痛・心因性疼痛の3つに分類される。

侵害受容性疼痛は、皮膚・筋・骨膜・脳膜・靭帯などに分布する侵害受容器より痛み情報が感知され、Aδ線維・C線維を伝って脊髄に伝達される。脊髄内でのシナプス接続を通して、脊髄内を脊髄視床路と脊髄網様体路の2つの経路を通り大脳まで情報が伝達され痛みを感じる。

Aδ線維の伝える痛みの特徴は、鋭い痛みで30m/秒で伝達されるとされる。これはAδ線維が有髄線維であり跳躍伝導で伝えられるためである。一方のC線維は鈍い痛みを伝えるとされ2m/秒以下とされている。このためC線維の伝達はAδ線維に比べて時間を要する。

打撲や骨折などに伴う組織損傷では、Aδ線維が瞬間的に鋭い痛みを伝達し、その後に鈍く広がる痛みをC線維が伝えている。Aδ線維は高閾値機械受容器とされ、組織破壊を起こすような強い刺激が発生するとAδ線維が発火し痛みを伝達する。このためAδ線維は特に急性期の痛みに多く関わる。組織障害の修復のために体内に炎症が起こるが、C線維はこの時の炎症物質により感作を受けて痛みを伝達する。

組織損傷部位では炎症反応が見られ、炎症症状としては発赤・腫脹・発熱・疼痛・機能障害が見られる。組織破壊された部位への修復を促進させるため、損傷部へ物質を素早く送るために毛細血管は拡張し血流を増加させる。損傷組織に動脈血が大量に流入するため視覚的に発赤が認められる。炎症物質による発熱と合わせて動脈血は静脈血より温度が高く、大量の動脈血の患部への流入は発熱を誘発する。損傷組織間の物質の移動を用意にするため、細胞間隙には大量の体液(細胞外液)が増加し腫脹が認められる。

損傷組織に到達した炎症物質はAδ線維やC線維を発火させ痛みを脳へ伝達し痛みを感じさせる。この組織修復のための炎症が見られる期間に感じる痛みは急性痛とされ、損傷部位を安静に保ち二次的損傷を予防するための体への危険信号として重要な役割を果たす必要な痛みとされる。

神経因性疼痛は痛みを伝えるAδ・C線維の末梢神経および脊髄・脳の中枢性神経での神経障害により発症する痛みである。痛みを伝達する神経の障害であり、交通事故後の引き抜き損傷や末梢神経のこうやく障害などで見られる。神経自体の損傷であり、通常痛みとして感じない強さの触覚や圧迫を激しい痛みとして感知してしまう。このような神経損傷にともなう痛覚閾値の低下した状態をアロディニアと言う。

心因性疼痛は明らかな身体的原因を伴わないで生じる痛みである。ストレスなどによる神経性胃痛などがこれにあたり、心因性疼痛の特徴としては痛みの部位が固定されないため患者の訴える痛みの部位が変化する。痛み部位の変化は心因性疼痛の特徴として不定愁訴と呼ばれる。

痛みの基礎生理学

侵害受容性疼痛は組織破壊を起こす機械刺激により侵害受容器が刺激され、活動電位が発生し末梢から中枢へ伝導される。最終的に大脳皮質の感覚野にて受容され痛みとして感じることができる。

痛みは情動的側面と身体的側面の両方を含めて認知されるものであり、単純に侵害受容器から脳への活動電位の伝導による感覚野での受容で痛みの質や強さは決定されない。あくまでも痛みは情動的側面を含む主観的な表現であり、痛み発生原理は生理学的にも未知の部分が多く残されており単純化できない。しかし、末梢組織にある侵害受容器の働きから中枢神経系(脊髄)における上行性伝道路と下行性伝道路、情動に関わると考えられている辺縁系までを含めた情報伝達の仕組みを考えていくことで、痛みに関する生理学の理解に努める。

組織への機械刺激は組織の伸張や圧迫などを起こし鋭い痛みを起こす。この鋭く速い痛みはAδ線維が中枢側へ活動電位を伝導するがこの時点では炎症の関与はない。機械刺激を原因とした組織損傷により患部は急速に炎症が発生するが、この炎症は炎症メディエーターと神経ペプチドの複合作用によるものである。患部組織周囲のC線維に対して炎症メディエーターが作用して興奮を高める。

体内では損傷組織の修復が急速に開始される。この時に、血小板・肥満細胞・繊維芽細胞などからセロトニン(5-HT)・ヒスタミン(His)・プロスタグランジン(PG)などが放出され、これらの物質は直接C線維の興奮性を高めるように働く。損傷組織周囲の細胞からはブラジキニンが放出され、肥満細胞・繊維芽細などからヒスタミン・プロスタグランジンなどの放出を促進させると共に、毛細血管の拡張などへも働き炎症の特徴である発赤・腫脹・発熱などを促進させる。

炎症メディエーターが患部の炎症を促進しC線維は活動電位を中枢側へ伝導する。末梢から中枢への活動電位の伝導が行われるが、その一方で逆行性に患部の炎症を促進する神経ペプチドの産生増加及び末梢での放出を行う。この神経ペプチドによる患部における反射的な放出や後根神経節から侵害受容器への輸送により、炎症増強は不随意的な反射による反応を含んでおり、これを神経性炎症と呼ぶ。

神経性炎症の原理の一つとして神経ペプチドが関わっており、この神経ペプチドを機械刺激の後に侵害受容器より反射的に放出させているのは軸策反射の影響が大きいと考えられている。

痛み刺激を感知する侵害受容器は全身の皮膚・筋肉・骨膜などに分布しているが、触覚や圧覚などの刺激を感知するための受容器も全身に分布している。身体の各部では何かに触れた・圧迫した・痛みとしての刺激などが加わると、それらの受容器では活動電位が発生して末梢神経から中枢神経へ伝導されていく。

末梢の受容器から脊髄(中枢神経)への伝導に関わる神経を求心性伝導路と呼び、逆に手や足などを動かす(随意的な動作)ために脳から送られる活動電位を遠心性伝導路と呼ぶ。脊髄から手・足・内臓などへの遠心性伝導路に関わる神経は脊髄の前根を通り、目的の組織に神経を伸ばしている。一方の求心性伝導路に関わる神経は脊髄の後根から脊髄内へ入る。

末梢組織の破壊により侵害受容線維(Aδ・C繊維)は末梢の痛み情報を脊髄へ伝導するが、この侵害受容線維の細胞体は後根の後根神経節(DRG)に存在し、その細胞体から軸策を伸ばして末梢では複数に枝分かれさせている。一つの細胞体に対して末梢では複数の侵害受容器が存在するということである。

(背骨の近くでは1本の神経であるが手・足などの末梢に伸びていくと複数の神経に枝分かれしていると単純にイメージしてください)

末梢での強い機械刺激は求心路の活動電位として脊髄へ伝導されていくが、軸索の枝分かれ地点ではそのまま脊髄へ向かう活動電位と、枝分かれしている先の末梢に存在する侵害受容器へ活動電位を送るものに分かれる。末梢から中枢へ求心性の神経ではあるが、一部は逆行性に遠心路としての働きをしていることになる。

DRGで産生される神経ペプチドの中で神経炎症に重要な役割を演じていると考えられるもの一つにサブスタンスPと呼ばれる神経ペプチドがある。サブスタンスPの約95%は末梢へ軸索輸送をされて末梢の侵害受容器から放出され炎症を増強させる。また残り約5%は脊髄内での伝達物質として中枢側へ送られる。

侵害受容線維はAδ・C線維の2つがあり、この2つの特徴の違いがあることは基本的な部分はすでに述べたが、特にC線維についてはより複雑な働きをしており、痛みの生理としては重要である。

C線維はポリモーダル受容器とも呼ばれて全身に広く分布している。ポリモーダル受容器は高閾値機械刺激での反応は少なく主に損傷組織の炎症によって反応する。炎症メディエーターにより活動電位が発生する。

ポリモーダル受容器の興奮は炎症による組織間隙への細胞間液の増強による腫脹でも組織圧上昇による興奮性の増大が起こる。炎症による発熱では直接ポリモーダル受容器の興奮を引き起こす熱反応閾値には達しないが、他の刺激に対する反応性は温度依存性に高まり、さらにブラジキニン(BK)、プロスタグランジン(PG)、ヒスタミン(His)などの炎症メディエーターを主に興奮が高まるようである。

PGやHisは直接ポリモーダル受容器を興奮させる働きはないが、熱刺激に対する反応性を増強させる働きをもつ。BKはきわめて低い濃度でポリモーダル受容器の興奮性を高めて、低い濃度で他の触・圧・温冷刺激などの反応性も増強させる。

ポリモーダル受容器は正常な細胞組織への強い機械刺激に対して全く反応しないものがあるが、炎症時にはこの正常時は興奮しない線維(サイレントユニット)が機械刺激に反応するようになる。ポリモーダル受容器は炎症により炎症メディエーターの働きと正常時のサイレントユニットの活動も合わさり興奮性を高める。これらが臨床で観察される組織損傷部の痛覚過敏(閾値低下)の原因となっている。

この様に、侵害受容線維の末梢から中枢(脊髄)までの伝導のみをみても、末梢組織でみられる炎症には軸索反射による炎症増強や血液内の肥満細胞や白血球などの組織修復に関わるものまで、多数の要因が複合して炎症の起こる大きさにも個人差などが出てくるようである。このため末梢での痛み伝達に関わる原理だけを見ても、臨床で痛みを伴う患者には痛みを感じる強さ・時間的・空間的要因に関しては、個人差などが多様にみられることが理解できる。

次に脊髄内へ到達した二次ニューロンから大脳の感覚野までの中枢における痛み伝導路をみていく。

脊髄後根を通り脊髄内へ伸びる侵害受容線維はAδ・C線維の2つが存在する。脊髄後根を通り脊髄内のLissauer路に入り、脊髄灰白室に細胞体を持つ二次侵害受容性ニューロンとシナプス接続(神経と神経が情報伝達できるようにくっ付くと単純に覚えてください)する。この時の侵害受容性線維は伝達物質としてグルタミン酸などを放出し、C繊維はサブスタンスPなどの神経ペプチドも放出する。

脊髄後角の侵害受容線維は特異的侵害受容ニューロンと広作動域ニューロンに分けられる。特異的侵害受容ニューロンは同側の体表に限局した末梢受容野を持ち、強い機械刺激を加えると興奮するが弱い機械刺激では興奮しない。これはAδ線維が多く関わっており、特異的侵害受容ニューロンが脊髄灰白質のRexedT・U層に分布していることがわかる。広作動域ニューロンも同側の体表に末梢受容野をもっているが特異的侵害受容ニューロンよりも広い。受容野の中心部に触刺激からの侵害刺激に至る様々な刺激種類の強さの機械刺激を加えると段階的に反応して、侵害刺激が加わったときは最大に興奮する。広作動域ニューロンはC線維が多く関わっておりRexedT・U層の一部とX層を中心にY・Z層などにも存在する。

脊髄後角に運ばれた痛覚信号はRexedT〜[層に存在する二次ニューロンにより脊髄内を脳へ向かい上行する。主な上行路としては脊髄視床路と脊髄網様体路が知られており、脊髄視床路は視床を経由して大脳の連合野や感覚野へ痛覚信号が送られ、痛み情報の中継が少なく伝達が速いという特徴がある。

脊髄網様体路は橋・延髄や中脳などで中継が行われ視床と視床下部などに伝達され、このため痛み信号の伝達には複数の中継が入り時間を要する。視床下部に伝達された痛み情報は次に辺縁系(記憶や情動に関わるとされる領域)に伝達される。視床に伝達された情報は脊髄視床路と同じ経路で大脳の連合野・感覚野へ送られる。脊髄網様体路は辺縁系を経由するために、痛みに伴い感じられる怒り・不安・恐怖などの情動に深く関わっていると考えられている。視床は自律神経の座でもあり、強い痛みを感じる時にみられる身体反応としての発汗・立毛・心拍数の増加など交感神経の亢進にも関わっている。

一方、上行路とは反対に痛み情報伝達を抑制する下行性抑制路も存在している。脊髄網様体路では中脳の中心灰白質・中脳網様体などで中継されるが、この中心灰白質からは延髄の網様核や縫線核へ抑制性の活動電位(痛みを伝えないように邪魔する電気信号)が送られ、これらは脊髄後角へ神経を伸ばし抑制性のシナプス接続(痛みを脳へ伝える神経と痛みを伝達させないための神経が接続する)を行っている。下行性抑制路に関わる神経より脊髄後角にある神経終末よりセロトニン・ノルアドレナリンが放出され、神経終末部での再取り込み阻害を行うことで抑制作用の増強をもたらし、末梢の侵害受容線維から脊髄内での二次ニューロンへの神経伝達が行われるが、脊髄後角においてサブスタンスP・グルタミン酸(伝達物質)の放出を抑制することで、興奮する二次ニューロンの数を抑制している。

末梢で発生した組織損傷による大きさが大脳の感覚野に伝達されて、単純に組織損傷の大小により個人が感じる痛みの強弱が決定されるのではなく、痛み情報の伝導路からも情動や過去の記憶など様々な要因が重なり合い痛みの認知がなされていることが理解できる。

急性痛と慢性痛

 急性痛は生体を侵害する強い機械刺激が末梢の侵害受容器へ入力され、そこで下行性など種々の抑制系の影響を受け、痛覚伝導路を上行し大脳皮質の感覚野へ達することによって認知される。

一方の慢性痛は急性痛と伝導路は同じでも、末梢神経はもとより脊髄後根神経節レベルや脊髄レベルでのニューロンの変性(可塑的変化)をきたし、慢性痛による痛み刺激伝達の持続などからイオンチャネルの特性や興奮性が変化し弱い刺激でも二次ニューロンが興奮しやすくなるWind up現象。脊髄内で触・圧迫刺激を伝える神経からの軸策発芽。これらの様に急性痛とは異なる可塑的変化も出てきて、痛みに伴う交感神経活動においても急性痛とは大きく異なってくると理解されている。単純に述べると慢性痛のように持続する痛みが長期間続くと、組織損傷部から脳までの痛みを伝える神経の伝達経路のどこかに異常な壊れた状態が出てくるということです。

慢性痛には急性痛に対する治療法が応用されるものの、急性痛とは根本的に異なる病態であり、急性痛の治療や理論をそのまま活用してもよい治療効果が望めないというのが現状である。

慢性痛は組織損傷の治癒後(炎症改善後)も持続し、一般的に「6ヶ月を越えて持続する痛み」との見解などもあるが、激しい急性痛の場合は2〜3週間ほどで慢性痛に移行することもある。したがって慢性痛は、急性疾患の通常の経過、あるいは外傷の治癒に相当する期間を超えても持続する疼痛と定義できる。

慢性痛の痛みに関する生理学はいまだ不明な点も多く様々な慢性痛の定義があるが、一般的な臨床での認識としては、痛みの原因が除去されたと思われる後も残存する痛みであり、痛みを誘発させる原因が不明な持続する痛みなどが慢性痛と考えられている。

以下のように大きく3つに分けて痛みを捕らえることが求められている。
(愛知医科大・痛み学講座より)
@ 急性痛
A急性痛の長引いた慢性痛
B原因不明の慢性痛

@の急性痛は、炎症や外傷に基づく病変組織に分布する侵害受容線維が刺激されて生じる生体に対する危険信号であり、交感神経刺激症状を伴う。痛み自体が危険を知らせる生命維持に重要なものであり、痛みがあるから安静にして痛みの部位を二次損傷から保護する。

Aの急性痛の長引いた慢性痛としては骨折後や靭帯損傷後などで見られることがあり、視覚的には組織損傷は修復されているが、実は組織損傷は完全に修復されておらず炎症が深部で持続している場合などがある。抗炎症薬や最手術など急性痛治療が優先的に行われる。

Bの原因不明の慢性痛はヘルニア治療後や開胸手術などから注射・採血・点滴という軽度の損傷が引き金となっておこる末梢神経系の異常や、四肢神経の外傷を契機として発症する末梢神経の異常、脳卒中後の中枢性神経の機能異常(視床痛)、または心因性機序によっても生じうる。この様に慢性痛の原因も多岐に渡り、痛みに関する生理学的な知見をもっては説明が困難な持続性の痛みであると言える。まったく原因がつかめない強い慢性痛に苦しむ患者様も存在しているのは事実である。

急性痛では消炎鎮痛薬、神経ブロックなどが効果を示すが、慢性痛においてはこれらの薬剤は望ましい効果を示すことの方が少ない。慢性痛に関わる要因を予測し、その要因に適した対策を行うことが望まれている。急性痛の長引いた慢性痛でも、表面的には治癒しているように見えるが、実際には慢性炎症などが持続している場合もあり、原因部位への治療が優先される。

組織損傷から一般的な治癒期間を超えても続く慢性痛や原因不明の慢性痛に関しては、薬剤の効果は少なく、決定的な治療薬は無いのが現状である。この様な慢性痛に対しては患者の日常生活を取り戻すことが最優先とされ、複雑な原因に対しては医師・理学療法士・臨床心理士・看護師などの総合的な視点と対応策が必要であり、近年はアメリカを中心にチームアプローチが重要視されるようになっている。

痛みの評価

痛みは感じている人だけの主観的体験である。医療者は先入観を捨て、痛みを訴える患者の主観的体験を聞くことが大切である。痛みはIASPの定義からも感覚と感情の複合体験だと考えられている。医療者でも痛み感覚や痛み感情を、その記憶を言語により他者が自分の事のように理解してもらうように伝達することは難しい。しかし、痛みを他者へ伝達するためには、上手く言語構造に転換して伝えなくてはならない。

急性痛とは違い、患者の器質的・機能的原因が理解しがたい慢性痛の背景には、患者の性格、生活歴、思想などの歴史がある。過去から現在までの痛み発生時における記憶の影響は大きく、この記憶でも痛みの感じる大きさや痛みに伴う情動(恐怖・不安・怒りなど)の違いが個人により見られる。

この様に痛みを表現する場合は記憶や情動などの影響により、同じ疾患・部位・損傷程度であっても個々により様々な痛みの表現がみられ、痛みによる苦痛状態も差が生まれる。これは上記でも述べているように主観的体験であり、痛みの程度を客観的に数値化できないことが前提条件に存在している。臨床現場に多く存在する患者の慢性痛では主観的な視点に基づく痛みの評価を行っていくことが必要とされている。

医師・理学療法士の臨床でよく用いられる評価法としては視覚的アナログ目盛法、VAS(visual analog scale method)が最も多く用いられる。

VASでは患者に長さ10cmの線を引いた細長い紙を与える。線の片方の端は「無痛」、他方は「これまで感じた最悪の痛み」に対応することを説明する。患者には今感じている痛みが線のどの位置にあるかを判断してマークするよう指示する。痛みの強さは0からの距離を測ってoで表す。0(左端)から100(右端)までの数字で痛みの強さを表現する。あらかじめ、直線を10分割して0から10までの数字を付けておく方法も使われる。子供や高齢者などでは数字での表現が難しい場合もあり顔の表情を描いたものを選ばせるフェーススケール法なども使われる。

患者の痛み訴えは主観的なものだが、これを把握することも重要である。痛みの部位・性質・強さ・範囲は?安静時痛か動作時の痛みか?いつから痛みを感じ始めたか?日内の痛み変動はあるか?どのような薬を使用しているか?どのような時に痛みが増強するか?本人が思い当たるような強いストレスが存在するか?その他にも沢山の情報を収集する必要がある。

情報内容から患者の痛み増減要因と軽減要因を検討し、患者の日常生活における対処法の検討、生活動作による痛み増加への予測などを行い易いように指導し、無用な恐怖・不安の軽減に努めることが重要である。また、多くの情報を患者と理学療法士が共有して一つ一つを見つめなおすことで、患者自身が痛みを正しく捕らえ直していく作業の切っ掛けになるとも考えられる。

理学療法を実施するにあたり、多くの患者では疾患に伴う痛みを有しており理学療法評価としてもVAS法および訴えの多くを冷静に把握することは非常に重要である。数ヶ月を通して実施されていく理学療法の治療においては、患者自身は痛みが長引くと痛みに執着してくることが多い。このため、理学療法初期・中間・最終時期においても痛みは改善傾向にあっても、過去の痛みと現在の痛みを冷静な視点で患者が評価できずに、痛みは軽減して日常の動作も改善傾向にあっても、現在感じている痛みに執着している傾向は多くみられる。

このように組織損傷の改善に合わせて痛みの軽減が図られていることを、患者自身が可能な範囲で客観性をもって評価するためにもVAS法と訴え内容の時間的変化に対する自己確認は効果的と考えられる。痛み評価は医療者側・患者側の両方にとって重要な役割を持っている。

痛みにおける心理学的側面

慢性痛患者の多くにはうつ症状を伴うことが多い。これは、慢性痛によって誘発されるのか?患者様の性格などが影響しているのか?痛みに対する知識・記憶が影響するのか?宗教的な思想などが影響するのか?どれがどの程度影響しているという割合ははっきり出すことは不可能であり、また断定的な予測も困難である。
臨床経験から考えると、病院受診し医学的治療や理学療法を行っている慢性痛の人と、慢性痛はなく健康な生活を送れている人達との人格傾向が違う可能性も完全には否定できないと考えられる。

交通事故後のむち打ち症の患者様、腰痛を強く感じ始めてまもない患者様(手術を勧められない程度のヘルニアの診断あり)などの典型的な慢性痛患者様では抑うつ傾向が強くみられる。実際にKrishnanの報告でも慢性痛患者様の約80%に抑うつが見られようである。抑うつの症状としては朝早く目覚めたり、不眠、体重の減少、否定的な思考、自己効力感の低下、活動量の低下などが見られる。

痛みには5つの成因論的分類が可能なようである。その中の一つに抑うつ性の疼痛が含まれるようで、一般的にも多くの人が経験する頭痛や腰背部痛があるが、これに仮面性うつ病が含まれていることがある。
「仮面性うつ病」というのは基本的には正確な診断名ではないようで、内科などで身体症状が前面にでているうつ病などに使用される。どういう時に診断名が使われるかというと、患者がうつ病の症状である不眠・食欲不振・倦怠感・頭や背部の痛みや凝り・腹部不快感(下痢・便秘)・胸部症状(圧迫感・呼吸の違和感・動悸など)などの症状があるが、検査では異常が出ない場合などに使われることが多い。
仮面性うつ病の定義は「身体症状を前傾とするうつ病」であり、基本的にはうつ病により様々な身体症状が患者より訴えられている状態。まさしく原因がはっきりしない慢性痛患者の一部はこれにあたると考えられる。
このため痛みの原因としても、うつ症状による脳内物質の問題(セロトニンなど)や活動量低下による筋緊張の亢進(スパズム)や持久力不足によるものまで考えられます。慢性痛においてもうつ病対策が治療として行われる結果、抗うつ薬などがよく使用されます。

慢性痛とうつ症状の関係には、痛みの強度や持続する期間なども影響すると考えられますが、本人の自己効力感と障害の2要因が重要なようです。痛みが強く長期化すると自己効力感は低下しうつ症状を招くことは研究などでも明らかになってきているようです。
しかし、臨床ではたとえ損傷が小さく痛みが軽度であっても、自己効力感が低い患者は依存的な思考を増し活動量は低下する。逆に痛みにより損傷が大きく痛みが一時期大きくても自己の活動に自信を持つ患者では早期からのリハビリの取り組み方は違いうつ症状は出難くなる。これらの違いはリハビリを行っている患者でもよくみられ、特に急性腰痛症で入院までする患者などには明らかな差が見られる。
この辺りの違いを大きく捉えて言えば慢性痛になる人や痛みを過剰に訴え依存的な思考の人では人格の違いとも言えるが、それは患者自身の痛みに対する知識・記憶・思想・信念などいままで経験してきたものによる違いが出ているとも考えられる。これらの人が正しい知識を持って冷静に対応できれば結果は変わる可能性もあるのではないだろうか?

しかし、多くの慢性痛患者は痛みに集中し、たえず痛みに意識が向けられている。その他のことには無頓着になる傾向は多々見られる。長期化した持続する痛みは「痛いから何も出来ない」と言い、いろんな事を出来なくり絶望を訴える。
慢性痛が続くと社会との接触を避け、また自分から活動しようという行動も無くなり仕事・家事・趣味などからも遠ざかる。立位姿勢が続いたり歩くと痛みが一時的に増し気分が悪くなるので活動量はさらに低下し寝たきりになり、日中起きている時も椅子に座った姿勢やゴロゴロと横になり過ごす生活が増える。若い患者でも家族や友人の世話になる度合いが次第に高まる。仕事が出来ない場合は心配・恐怖・不安が加わり、自信を無くして自分を卑下するようになる。本人だけの思考が原因しているのではなく、家族など周囲の対応が依存を強化していることも多々あるようである。

うつ病では研究データによりバラつきがあるようだが30%〜50%には痛みが伴うとされている。うつ病の成因に関するものにアミン説があり、脳内のセロトニンあるいはノルアドレナリンの減少がうつ病の基礎にあると言われている。脳内や下行性伝導路での鎮痛などに作用していると考えられているためである。
交通事故後のむち打ち症でも慢性痛に移行しないように、また明らかな損傷が無いのに強い痛みが伴うような場合など、近年は早期より抗うつ薬が使用されるようになってきている。

痛みとうつ病の関係は、相互に関係していると考える方が自然であり、「組織損傷の問題だけ」・「精神的な問題だけ」というような一方向のみの問題と考えないことが重要である。
理学療法に明らかな組織傷害に伴う痛みであっても、原因不明の長引く痛みであっても、痛みという感覚だけが患者を苦しめているのではなく、職場復帰が可能か?示談が進まない?入院中の収入の問題?その他にもいろんな問題が、多くの患者それぞれにいろんな形で問題は存在している。いろんな問題から慢性痛患者のうつ症状を強める可能性はあると考えられる。
慢性疼痛には薬剤などの徐痛と同時に、身体機能だけを見てサポートする理学療法ではなく、患者の自己効力感を高めてうつ状態を緩和する包括的なアプローチが重要になってくると考えられる。

慢性痛と医療者側への不満

強いうつ状態がなくとも慢性痛患者には医療者側・家族・社会への不満を有する例が少なくない。慢性疼痛のT軸分類では、転換性障害は第2位の高頻度を占める。この群には、ヒステリー性格の持ち主が多いのは当然で、痛みの発症に先行する心理的要因が伺われるものである。同時に執着、疾患利得などの心理機制がみられる。

古典的ヒステリー患者はリハビリの際にも強い痛みを訴えて泣き叫んだり、攻撃性をあらわにしたりする。近年は一見うつ状態を示す抑圧型のヒステリーが増えてきている。後者をヒステロデプレッションという。

私が慢性痛の患者さんとのリハビリを通して感じていることであるが、ドクターショッピングになり病院や民間療法を多く経験している人の多くが、初回のリハビリでは明らかに理学療法士に対して怒りを抑えて説明を受けるか、最初から自己努力による痛み軽減を諦めている姿勢(依存)を感じる。

これは様々な病院でも医師や理学療法士による診断の違い説明の違い、民間療法での偏った説明などにより混乱・誤解をし、不信感と挫折を繰り返している経験の記憶を元にリセット出来ずに理学療法に望むためと考えられ、患者の医療不信と依存性を増強させた一部の責任は医療者側にもあると言えるのではないだろうか。

ヒステリーを伴う患者では薬剤の単独投与では解決しない。基本的にヒステリーへの対応が必要となる。転換性障害に共通した自覚症状として、痛みの動揺性、誇示的・演技的な痛みの表現、ムードの易変性、満たされた無関心、自・他感覚症状の不一致、多彩な自律神経症状、プラセボ効果などがよくみられる。周囲を巻き込む派手すぎる痛みのために、周りではハラハラ心配したり、注目したりするため強化因(その反応を増強させる原因刺激と単純に理解してください)となりやすい。

ヒステリーを伴うと予想されるような患者では、患者の痛み訴えの大きさと比べて日常生活内(病室)での動作やリハビリ時の動作との矛盾が見られる。

(リハビリ室での訓練時の動きは痛みで出来ないと訴えるが、病室では痛みを訴えないで同じような動作を実施している:この場合は悪意のある偽病や嘘の痛み訴えではない)

訓練時は強い痛みを訴え「痛いから歩けないなど」訓練を途中で拒否することが多いが、言動としては一見して能動性がみられるが身体状況からは明らかに不可能な意味の無いようなリハビリを真剣に望む傾向もみられる。痛み軽減に対しては依存的な姿勢が強く、手術や薬剤を強く望み「誰かが自分の痛みを改善してくれる」という思考を持ち続けている。 

第3者からすると時折矛盾だらけで異常とも思われるような言動も見られるため、ヒステリー傾向の強い患者においては早期より精神科医や心療内科医などの介入が必要と考えられる。

初回の理学療法では、患者の訴えを謙虚に聞き身体動作の確認を行う。重度の慢性痛で苦しんでいる患者ほど医療者に対する不信感は強いことが多い。理学療法士として対応できる対策範囲の説明をしっかり行い、「理学療法は患者自身の努力をサポートする技術」であることを説明し、患者の向かうべき方向性の同意を得た上で実施していく必要がある。

初回の説明であればこそ、痛みについて間違った知識へは修正を促し、強い姿勢で間違った情報のリセットを求めていく姿勢は重要である。患者の転移(医療者へのマイナスの印象)を恐れて間違った認識を修正提案せずに容認したまま訓練に入ると、理学療法期間が延びるほど依存性を高め途中で挫折するきっかけとなってしまう。

向かうべき方向性の同意がありプログラムを進行していく中で、新しいプログラム追加にはあくまでも患者の意思決定を重視して選択権を常に患者に持たせておく(自己責任の意識を持ってもらう)。理学療法士は患者の身体面・精神面の状態を把握・評価しながら的確にプログラムの増減などを適時適所で提案していき、理学療法士からは同意の得られないプログラムの実施要求はあってはならない。選択権を常に患者に置くことで、患者自身の能動性と自己責任を要求し依存的なプログラムを望む場合はその予測されるリスクも正確に伝えることが重要である。

慢性痛患者の理学療法は信頼関係と患者の能動性が両立することで、初めて患者自身が自己効力感を持って前に進めるものであり、理学療法初期においては患者からの転移はあまんじて受けながらも、医療者側からの視点で患者の問題点は冷静に提示して修正を求めていく姿勢は譲るべきではない。慢性痛患者との理学療法を通して、患者と共に泣き・笑い・喧嘩するくらいの本音でのぶつかり合いをしていく覚悟がなければ、長期的な理学療法が必要な慢性痛患者との信頼関係は気づけないと考えられる。

慢性痛で見られる行動

慢性痛患者のほとんどすべてが、他者から見て予測される痛みよりも強い痛みと身体障害を持っている。日常生活での活動量の低下および痛みがもたらした抑うつ状態、その他にも家族や会社の無理解などの心理的要因によると考えられる。日常の活動量低下は長期臥床を続けたために体力や心機能が低下した状態をもたらし。これにより筋力・持久力低下もさらに進む。

何らかの原因により急性痛の発生で病院受診を行い、慢性痛に移行してしまうと一般的に多数の病院を移り、受診する病院ごとに検査を繰り返し、各病院ではそれぞれに薬剤を処方してもらうが薬剤が重複して薬漬けとなり、仕事も出来ずに収入は減少、痛みに合わせて経済的な苦痛や、家族への罪悪感などが増し、自信を喪失していく。患者が耐えがたい持続する痛みは心理的な要因が大きく合わさり患者自身の考え方や行動を依存的に作り上げる。この他者に依存した状態をアメリカでは慢性痛サイクル・ドクターショッピングなどと表現する。

慢性痛患者では日常の活動量が低下すると退屈で欲求不満が高まり、頻繁に過食もするため体重増加なども見られることは多い。日常生活内の安静臥床時間が増加すると、筋肉では1〜3%、1週間で最高20%も失われることがある。ベッド周りの歩行や軽度の作業(家事)などが出来ていても、日中の安静臥床時間が増してくると病院に重度の障害(脳血管障害など)により意識が無く寝たきり状態で入院されている患者との差はなく、慢性痛患者の身体状況は廃用症候群に近いとも言える。

骨格筋に含まれる遅筋線維と速筋線維では前者が萎縮しやすい。遅筋線維の萎縮は持久力の低下をもたらし、体調のよい日など軽い運動をすると翌日などに筋肉痛などが出やすくなる。このため慢性痛の患者は活動量の増加で痛みが増すと考えて、また活動量を抑制するようになり廃用症候群へ自ら向かってしまうという悪循環に陥りやすい。

認知行動療法導入への流れ

デカルト以来、疼痛は感覚的経験の一種でありその程度はおおむね組織損傷の重症度と一致すると考えられてきた。この前提は今日まで受け継がれ、現代医学教育における常識の一つとなっている。しかし、その一方で器質的障害の原因を見出しえない慢性痛の痛みは、「心因性疼痛」として片付けられ精神科・心療内科を紹介されて精神療法が試みられるのが一般的であった。

慢性痛患者に対して、Fordyceは行動療法(オペラント条件付け−行動変容)の立場から慢性痛患者の第三者から観察される痛みに伴う疼痛行動(足を引きずり歩く・腰に手を当てて立つなど)に着目した。慢性痛患者が執拗に痛みを訴え執着し続けるのは、その行為により患者にとって好ましい結果(休息、補償金、家族からの介助)が得られるためだと考えて、疼痛行動を無視したうえで身体活動量を漸増していくプログラムをあみ出した。  

この立場では患者は可及的に医療から自立していく(疼痛行動の減少と医療者への依存軽減)ことを期待される。「痛みを治療する」という発想から「痛みを自己管理する」への転換が目指され、その後全世界に広まっていくPain Management Centerの基本的方略となった。

Loeser&Melzackは疼痛体験を侵害刺激・疼痛感覚・苦悩・疼痛行動の4相からなる多層的モデルとして提唱した。侵害刺激は末梢での侵害受容器での活動電位の発生(痛み刺激の発生)を意味し、疼痛感覚は末梢で発生した痛み情報(活動電位)が脳へ到達し侵害刺激として「痛い」という脳の知覚であり、苦悩は疼痛感覚で引き起こされる中枢性での陰性の情緒的反応(痛みに伴う不安・恐怖・痛みの質など)を指す。苦悩は不安や抑うつなどの心理的要因に影響される。患者の疼痛行動は痛みにより足を引きずって歩く、腰の痛みのためゆっくり立ったり座ったりするなど、行動は苦悩の表現であると同時に強化子により増強される。

Loeser&Melzackの多層的モデルは、急性痛や難治性疼痛(リウマチ・悪性腫瘍など)は侵害刺激、神経原性疼痛(帯状発疹後神経痛・視床痛など)は疼痛感覚、そしてそれ以外の慢性疼痛は苦悩および疼痛行動中心の病態として理解可能であるとしている。この理論の導入により、従来ひろく用いられていた医療者側の認識としてあった身体因性疼痛(真の疼痛という認識)と心因性疼痛(偽の疼痛という認識)といった二分的理解から離脱し、身体−心理両面からの柔軟な対応が可能となった。

Fordyceが行動変容アプローチを導入して以来、同療法を主軸にしてさらにリラクゼーション、教育、カウンセリングなどを含めた多種目治療パッケージ(疼痛管理プログラム)としての「認知行動療法」が定着してきた。

慢性疼痛管理プログラムの構造

慢性疼痛管理プログラムの最大目標は従来の医学のような痛みを取り除く点にはない。むしろ、様々な講義や身体・心理的訓練により身体活動を増加させ、それを通じて「痛いから何もできない」という患者の否定的な認知(思い込みや医療者への依存的な姿勢)を「痛いけど動くことはできるし、いろんな活動も出来る」といった建設的な態度に変える点にある。医師・看護士・理学療法士・作業療法士・臨床心理士がチームを組んで施行する身体−心理両面からの多面的アプローチが展開される。多職種がチームを組んで行う慢性疼痛管理プログラムは開始当初から期間は限定されており、評価期間と訓練期間からなっている。プログラムは一人から数人で行うグループ訓練が原則である。

評価期間では、臨床心理士は患者との面接と心理検査を通して、痛みの性質、患者の痛みに対する意味づけと態度、痛みが患者と周囲に与えている影響、プログラムへの適応を評価する。慢性疼痛に関係する主な心理社会的要因には、心理的要因として、性格、情緒、知的資質、意欲、宗教など。社会的要因としては家族関係、職場での適応、経済問題、補償問題などがある。患者に質問紙とMMPIおよびSDSなどの心理検査を実施する。

医師は病歴・既往歴・および理学的所見から身体面での診断をくだす。慢性疼痛管理プログラムでは運動と教育に最も時間が割かれるため、主訴以外の心疾患、高血圧、肝障害など運動実施に関してのリスク確認が重要である。また、運動の安全性と重要性を患者の十分な納得が得られるように指導することが重要となる。

理学療法士は発症前の患者の身体機能、運動習慣、スポーツ歴、職業の内容などを聴取して本来の身体能力を把握する。そのうえで現在の患者の体力測定をしてプログラムを作成する。

訓練期間では、臨床心理士は心理的集団訓練を通して患者に痛みに対処する心理的テクニックを紹介することによって、痛みの体験そのものの緩和をはかると同時に、痛みはある程度コントロール可能であるという有態感を強め、痛みに対する患者の無力感、絶望感を軽減することに重きをおかれる。

医師は慢性疼痛管理プログラムの全般の進行について責任を持つと同時に患者への認知面へのアプローチ、医学的教育(患者への講義)を受け持つ。このように慢性疼痛についての基本知識から心理・薬剤に関する基本的な講義を展開し、患者の痛みに関する認知変革を行っていく。

理学療法士は、ストレッチ、体操、筋力増強訓練、スポーツを利用したレクレーション(適度に疲労するような身体活動)などを中心とし、専門的な理学療法も合わせて実施する。患者はしばしば過労による一時的な痛みの増加から運動中断を希望する場合もある。患者の訴えから中断が余儀なくされる(患者自身が自分に負ける)ことがないように、痛みの改善に向けての能動性(自己努力)を向上できるようにサポートし、運動導入初期から負荷増加時期の見極めが重要である。

慢性疼痛管理プログラムではスポーツを利用したレクレーションが重要視されるのは、身体活動量の増加のみではなく、慢性痛患者同士の交流や理学療法士との交流により、対人関係の改善や患者同士による連帯感や共感と能動性の向上が得られるためである。試合形式でのレクレーションが多く、患者の全員参加を原則としている。身体機能面の向上だけでなく、患者の態度が明るくなり痛みへのとらわれが減ってくることが最大の目標とも言えるであろう。

痛みに対する一般的理学療法アプローチ

現在の理学療法士の臨床現場では、物理療法・運動療法・装具療法により慢性痛に対応している。物理療法は運動療法と併用して使われることが多い。運動療法は個々の理学療法士の治療技術が発揮されるところであり、理学療法士の実施する運動療法にも個人差が大きいのは事実である・手技(徒手療法)も様々に試みられているが明らかに中等度〜重度の慢性痛を安定的に軽減できる方法は存在しない。

物理療法は「熱・電気・光線・X線・空気・温泉などの物理療法を利用して行う治療法」である。温熱療法としてはホットパック・超音波・超短波などによる身体組織の局所温熱効果を目的に実施される。光線療法としてはレーザー治療、電気療法ではTENSや低周波治療などがある。水治療法では過流浴などがある。

運動療法は「運動障害に対して運動そのものを用いて治療すること」と定義される。この中に含まれる療法としては関節可動域訓練・徒手療法・治療体操・装具療法などがある。

関節可動域訓練には、筋力増強訓練・マッサージ・ストレッチ・全身調整運動などが含まれ、筋スパズムのような持続的な筋緊張による組織循環不全の改善や循環改善に伴う組織に蓄積した疼痛を引き起こす化学物質の蓄積の減少、運動することによる基礎体力の向上が図られる。

徒手療法は日本でも関節を動かす技術から筋肉を直接刺激する技術まで多数の専門技術が臨床で多用されており、関節を動かすことで筋スパズムを軽減させたり、筋に圧迫を加えて疼痛抑制を図るなど従来の運動療法では効果の少なかった疼痛軽減効果が見られる場合がある。しかし徒手療法を実施することで一時的な痛み軽減効果がみられ、個人差はあるが一部の患者で有効な結果をもたらしていることも事実である。しかし、徒手療法により慢性痛を完治させることは不可能であり、その効果や理論も科学的には証明出来ていない。

装具療法では関節変形のあるものに対して免荷などを目的に装具を使用し、疼痛抑制を図るものである。圧迫骨折後のコルセットなどがこれにあたる。

従来からの理学療法では疼痛軽減の効果が示せないものも多く、徒手療法という形で痛みへの対応が発展してきたが現在ではその効果も頭打ちである。今後も徒手療法による画期的な痛み軽減効果の発展は望めないのが事実であろう。

理学療法での痛み軽減治療はあくまでも対処療法という認識でなければならない。しかし、多様な慢性痛患者に対して多彩な技術を使い分けることで、適正なサポートを行うための補助技術としては様々な展開と発展性の可能性を秘めている。冷静な客観的な視点での徒手技術の使用が理学療法士には望まれる。

臨床に求められる慢性痛への理学療法

理学療法現場においては疼痛を有する患者は数多く存在している。医療全般において近年まで「慢性痛」の概念が存在していなかったこともあり、慢性痛患者に対して急性痛理論に即した治療が実施されてきた。

この弊害により、慢性痛患者は痛みの原因に即さない薬剤を大量に処方され、理学療法ではうつ症状などによる心理的問題を無視した運動指導が実施されている。理学療法士の慢性痛についての知識不足は間違った運動指導を生み出し、多くの患者で運動の継続性が保たれずに途中で中断を余儀なくされている。この結果、慢性痛患者は痛みの持続だけで依存性が高まるのではなく、医療者側の無理解による環境要因が合わさり慢性痛へ追い込まれていたとも考えられる。

日本では理学療法士による個別療法は1人につき1単位20分間と定められており、欧米で実施されている慢性疼痛管理プログラムでは個別療法は1人につき1時間実施されている。整形外科医院などにより慢性疼痛管理プログラムを保険適応で実施することは現在採算性・人員数から考えても不可能な状態である。日本では数箇所の病院でこの慢性疼痛管理プログラムは実施されているにすぎない。欧米では慢性疼痛管理プログラムを実施する施設は多数存在しており、その保険適応も認定(国による差があり)されている。

慢性痛患者は現在も多数存在しており、チーム医療としての慢性疼痛管理プログラムを実施できないが、理学療法士がより慢性痛に関する専門知識を向上させることで、個々の小さな医療施設においても慢性痛患者への適切なサポートは向上させることが可能ではないかと考えられる。

従来の疼痛に対する理学療法では、物理療法・徒手療法・運動療法が主流であり、組織損傷後のリハビリテーションとして身体面への治療という視点が重視されてきた。しかし、慢性痛患者においては多彩な要因が合わさり、また疼痛原因部位が不明なものも多く従来の急性痛理論での理学療法では依存性を高めてしまう。

慢性痛患者の理学療法には認知行動療法を基本とした治療を展開することで、より慢性痛患者自身が痛みを冷静に受容できるような方向へ誘導する支援が可能となり、そこに一時的な疼痛緩和を行える従来の理学療法(運動療法・徒手療法を中心に)を合わせていくこが重要である。

理学療法士が慢性痛患者への個別療法において「患者自身が痛みをコントロールする主役であり、痛みがあっても動くこと・出来る事はたくさんある」という意識変換に理学療法の目標を据えることが求められる。

この理学療法士による個別療法において認知行動療法の理念を基本とした理学療法を支えるものとして、運動・教育・環境整備の3点が重要と考えられる。

運動は最も重要な治療の一つで、慢性痛により自己効力感の低下が生じ日常生活での活動性が著しく低下した患者には、筋力・持久力低下やうつ症状の改善へ向けて最も重要な療法である。運動は患者自身の行動がないと実施できないものであり、患者自身の能動性が求められる治療となる。このため、運動を如何に導入し継続させていくように支援するかが理学療法士には求められる。この運動が上手く導入・継続できるということは患者の能動性・自己効力感の向上が進んでいるとも言えるのである。

従来の障害発生から組織修復の過程で、運動療法により筋肉を大きくする、関節可動域を拡大するという目標を第一にするのではなく、運動により患者自身が能動的な視点により活動性を向上させていくことで、自然と日常生活における運動量が増加していくことで患者自身により体力強化が図れるという目標で実施されるべきである。

個別療法20分間の中で運動が多く実施できるようになれば、次にリハビリ室内での自主訓練などを増加させ、このリハビリ室で実施されている運動への取り組みが自宅でのエクササイズへと繋がるような患者の意識変換を常に確認しながら行動変化を促していく。

理学療法士が実施する運動療法により筋力・持久力が向上し体力を強化され、その結果活動量が向上するという誤った視点から、患者自身の能動性の獲得による活動量の増加が最大要因として体力強化をもたらすという認識へ、理学療法士自身も従来からの理学療法概念の変換が求められているのである。

運動療法を通して初期の患者に見られる「させられる運動」から患者自身の意思(能動性)による「する運動」への変換と、この意識変換を促すためには理学療法士には運動方法・種類・適正な導入時期の選択など、患者個々の身体的・精神的症状に合わせた運動を選択実施できる力が求められている。

「させられる運動」から「する運動」への自然な転換を上手くサポート出来るかが最大のポイントで、これが最も難しいサポートであり理学療法技術として個々の臨床家に求められている領域である。

運動とは逆に徒手療法はリラクゼーション法を中心に患者の痛みを緩和するために使用されるが、患者は楽に一時的に痛みを軽減できる徒手療法を好む傾向にある。しかし、これは患者の動作を必要としない理学療法士による技術であり、能動性を低下させ依存性を高める危険性を秘めている。あくまでも動作を促すための準備として使用する範囲に収めることが理学療法士には求められる。

理学療法士の技術による一時的な疼痛軽減に患者を依存させ、患者に自分の存在・技術を必要とされることへの自己満足に浸って喜んではいけない。徒手療法の効果を冷静に見つめ補助手段として使用出来ない理学療法士は無能であり、結果的に患者の能動性を奪う害になる存在となっていく。この様な徒手療法理論を宗教のように信じて実施している理学療法士は慢性痛患者の前に立つ資格は無いと言える。

教育では患者の痛み知識の変革が求められる。多くの慢性痛患者では痛みへの恐怖・不安が強く、また痛みを医療者に改善してもらうという依存的な概念が強い。このため、ドクターショッピングに見られるように、どこかに自分の痛みを治してくれる医師がいるのではという期待を持ち、また自分の痛みを治す薬がないかといろいろな薬剤を求める。これらの患者では慢性痛の特効薬は存在しないこと、慢性痛を克服するためには本人の努力が最重要課題であることの認識が正しく出来ていない。

理学療法では20分間の個別療法において運動療法や徒手療法などを実施する。この時間は単に治療を行うだけでなく、1対1の個別での教育の場面でもあると言える。患者は自分の感じている痛みがなぜ起きているのか、その理論は何か、なぜ薬剤が効果を示さずに運動や認知改善が重要なのかを理解する必要が求められる。慢性痛患者の認知の歪みは痛みに関する知識不足から過剰な恐怖・不安を増し、痛みを過剰に訴える背景を作り出している。

医師・看護師以上に患者との1対1での対応を行っていく理学療法士には医師によるインフォームドコンセントを補助する教育の時間が作れ、また患者の不安や恐怖を聞き適正なアドバイスを行っていくことも可能である。理学療法士は痛みに関する薬剤・心理学などの多岐に渡る知識を学習していくことで、慢性痛患者への適正なマネージメントが可能になると考えられる。教育により認知の変革が見られる患者では不安・恐怖は軽減し、依存性も軽減することから痛み行動・訴えの変化も見られ、より能動性の強い患者が作られる。

多くの患者は環境からの影響も受けている。リハビリ室においては患者同士の会話から痛みについての情報交換が行われ、他の患者が実施している理学療法の取り組み方や方法を視覚的にも観察している。

患者同士の会話では、怪我の状態から治癒経過、治療内容、痛みについて、本人の痛みに対する考え方など様々な会話がなされている。会話ではそれぞれの痛みに関する知識を元に痛みについての考えや対処などの話がなされるが、その会話で患者それぞれが違った痛み認識が存在していると、会話による情報交換は混乱をもたらし痛みについて歪んだ認知を増強させるオペラント条件付けの場面となってしまう恐れもある。

患者は他の患者からの言葉に共感し、他患者からの情報は時には医師や理学療法士からの情報よりも素直に納得し行動に移すこともあるため、患者からの情報も認知を変革する間接的な治療の一つとも言えるであろう。

個々の患者の担当理学療法士からの教育が統一された内容であれば、患者同士の情報交換は正の強化子として正しい認知をもたらす。同じ職場に働く理学療法士の痛み知識の普及と治療方針の統一が重要であると言える。理学療法士により得意とする技術の違いはどの職場でも存在するが、個々の得意とする技術が違うことは問題ではなく、患者自身を如何にサポートし誘導していくかの方向性がしっかり統一されていることが重要なのである。慢性痛患者への理学療法の本質を間違えないように、また職場の同僚とも話し合いながら手探りで試行錯誤していく姿勢があってこそ、大切な「本質」を間違えない展開が出来てくると考えられる。

また、理学療法室では1対1で運動療法を実施している場面や患者自身が自主訓練を実施している場面など、同時刻でも様々に患者への情報がリハビリ室には存在しているが、これを第三者として視覚する患者への自己効力感の向上に作用させることも可能である。理学療法室の全体の雰囲気が暗く活気がなく、運動を上手く導入できていなければ患者は全体の依存的な雰囲気を感じ取り、依存性が正しいと間違った認知を強化してしまう。

1対1での運動療法や自主訓練を行っている患者が能動的に「する運動」を実施している環境を作る事は、患者の認知を変革する間接的な治療とも言える。

理学療法における個別療法では個々の取り組み方や意識の持ちようで認知行動療法を基本とした理学療法は展開できる。

運動・教育・環境の整備により多くの慢性痛患者が依存から能動への意識転換を促せる可能性が期待できる。このためには、理学療法士の慢性痛理論への理解と普及が何よりも重要であり、今後は理学療法士の学校教育にも痛み学の導入が求められている。

慢性痛の理論は専門家・患者双方への理解と普及により、歪んだ認知を生まない努力が双方に行われることで、今後は慢性痛患者の痛み軽減とQOL向上が可能になると考える。

※新人の理学療法士さん学生さんは、長く痛みに苦しんでいらっしゃる慢性痛の患者様のリハビリを担当する日が来ると思います。私達に出来る事はわずかなものかもしれませんが、理学療法士だからこそ出来ることもあるようです。医療関係者には慢性痛という難しい問題を突きつけられていますが、患者さんと共に手探りで試行錯誤していく努力を大切にしたいと考える理学療法士さんが増えてくれることを切に願います。

痛み学3を読んでいただきありがとうございました。


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