|

■痛みを克服するために・・・・
私達はなぜ凝りや痛みを感じるのか?痛みについて正しい知識を持つ事が、痛み緩和には最も大切なことではないでしょうか?
正しい知識による冷静な判断は、お客様自身が痛みをコントロールする技術へと繋がるのではないでしょうか。
疼(とう)は痛みという意味があり、痛みについて学ぶ場所という意味を込めています。元は元気になるためのセルフケア技術(適正な運動やストレッチ方法)を学ぶ場所を意味しています。
疼元庠舎が主体で痛みの原因を改善するのではなく、お客様自身が主役の健康作りをお手伝いする場所であり、サポートするトレーナーでありたいと考えます。
2013/1/15 むち打ち症の痛みを更新しました。
■痛み学
私達はなぜ凝りや痛みを感じるのか?痛みについて正しい知識を持つ事が、痛み緩和には最も大切なことではないでしょうか?
|
運動生理マメ知識 |
疾患別の説明 |
健康工房 |
私の慢性痛日記 |
|
|
|
|
| 自宅で行う健康作りにちょっと役立つマメ知識 |
痛みで困る疾患あれこれ!私の臨床経験と視点より。 |
健康に関する雑学知識を身につけよう! |
私と慢性痛との長〜いお付き合いの歴史。 |
解剖学マメ知識 |
心と体のマメ知識 |
食と薬のマメ知識 |
福岡の美味しい店 |
|
|
|
|
| 基本的な体の構造を学びましょう |
何事も基本は心・技・体ですね |
薬剤師さんの説明を正しく理解するための基礎知識 |
来福客へ贈る福岡の美味しい店情報 |
■疼元庠舎・名前の由来は?
江戸時代に、現在の佐賀県多久市に実在していた「東原庠舎」という学校をモデルとしています。多久氏によって統治された多久邑(ゆう:村の意味)は山間という土地柄で、貧しく財政難に苦しむ状態でした。
多久家4代邑主の多久茂文は多久を治めるにあたり邑民の教育が何よりも必要だと考え、元禄12年(1699年)邑校である東原庠舎の前身の学舎を完成させ、そこに孔子像を安置して学問に適した環境を整えました。
茂文が起こした東原庠舎は朱子学の学校で侍以外の者にも門戸を開きました。身分に関係なく学問を志す者すべてを受け入れることは、当時の身分制度の中では画期的なものでした。
多久はいつしか学問の地、または昼夜とも明るい仙人の住む場所という意味の「丹邱(たんきゅう)とまで言われ、その名は遠く江戸まで達するようになったのです。
明治期には日本初期の工学博士志田林三郎などをの優れた多くの人材を輩出しました。
■痛み緩和教室・疼元庠舎のコース紹介
疼元庠舎のHPをご覧いただきありがとうございます。理学療法士として病院勤務を経て平成16年4月に疼元庠舎を設立いたしました。リハビリの専門家としてこれまでに整形疾患から脳血管障害まで、多くの患者様を担当させていただきました。 ⇒詳細ページ
|
 |
痛み緩和教室
疼元庠舎(とうげんしょうしゃ)
〒810-0041
福岡県福岡市中央区大名2丁目10番3号 |
▲pagetop
このサイトに掲載のイラスト・写真・文章の無断転載を禁じます。
すべての著作権は疼元庠舎に帰属します。 |